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大阪地方裁判所 昭和30年(行)66号 判決 1958年7月12日

原告 万成証券株式会社

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十年七月二十七日付をもつて原告に対してなした、原告の昭和二十七年十月一日から同二十八年九月三十日までの事業年度分の法人所得金額を百二十三万三千二百円、法人税額を五十万七百四十円並びに過少申告加算税額を二万三千円とする審査決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は有価証券の売買並びにその媒介、取次または代理等を業とする株式会社であるが、訴外中京税務署長に対し昭和二十七年十月一日から同二十八年九月三十日までの事業年度分の所得金額を十四万二千二十九円、その法人税額を四万六百十円と確定申告したところ、右訴外税務署長から昭和三十年一月十四日付通知書を以て右事業年度分の所得金額を百五十一万二千五百円、法人税額を六十一万八千五十円と更正し、過少申告加算税額二万八千八百円を賦課する旨の通知を受けた。しかし、原告は右更正通知に係る事項に異議があつたので、被告に対し審査の請求をしたところ、被告から昭和三十年七月二十七日付通知書を以て、原告の右請求の一部に理由があることを認め原更正の一部を取消し前記事業年度分の所得金額を百二十三万三千二百円、法人税額を五十万七百四十円、過少申告加算税額を二万三千円に審査決定する旨の通知を受けた。従つて原告の確定申告に該る所得金額と被告の審査決定による所得金額との差額は百九万千百七十一円である。ところで被告が何故に原告の申告所得金額を超える審査決定をしたかというと被告が原告において前記事業年度中に原告会社の役員に支給した報酬額合計九十一万三千円を役員賞与と誤認しこれを益金に計上した外減価償却額の一部を否認して課税所得を算出したことによるものである。よつて、被告の本件審査決定は違法であるからこれが取消を求めるため本訴に及んだと述べ、

被告の本案の答弁事実中、原告が被告主張の事業年度において原告会社取締役訴外藤井真次郎、同藤井健二及び同坂部定弘に対し被告主張の通りの定額の月額報酬を夫々支給したこと、及び右報酬に加えて右訴外人等役員に対し同年度中に合計九十一万三千円を支給したことは認める。しかしながら右支給に係る合計九十一万三千円は被告主張の如きいわゆる役員賞与ではない。即ち原告会社は昭和二十六年十一月十二日開催の定時株主総会において、役員に対する報酬総額を年額二百万円以内とする旨決議せられたので右総額の範囲内で前記訴外人等役員に対する月額報酬を被告主張の如く定めたのであるが、右の月額報酬は最低のものであつて夫々扶養すべき家族を擁する訴外人等役員はこれのみを以てその生計を維持することが困難であるので、同総会では更に訴外人等役員各自の取扱に係る株式売買取引による月間受託手数料水揚高の二割程度を右役員に対する報酬として前記定額の月額報酬に加算する旨決議せられた。そこで、原告は右決議に従い右訴外人等役員各自に対しその報酬として定額の月額報酬に加えて同訴外人等役員の各取扱に係る株式売買取引の月間手数料水揚額の二割程度相当額、合計九十一万三千円を支給したものである。而して、役員に対する報酬総額は前記の如く株主総会の決議を以て年額二百万円以内と定められていたのであるから右総額の範囲内で訴外人等役員各自に対する報酬額を月額五万円或は六万円と定めておけば、殊更これら役員の報酬として一定額の月額報酬以外に役員の取扱に係る取引による前記手数料水揚額の二割程度相当額を加算して支給するが如き二段の支給形態を採る必要がなかつた訳であるが、原告はその所在地内でも有数の優良会社であつて、役員各自に最低限度の生活を維持させるに足る定額報酬以外に役員も会社の使用人同様に勤労することを建前としているところから右勤労の対償としての歩合報酬を別箇に計算して支給することとしたものであつて、前者を報酬とし、後者を賞与として支給したものではないのである。商法上、役員賞与は取締役等の役員が企業の主体ではないにしても重大な法律上の責任を負担するが故に企業に利益がある場合に役員をしてその幾分かの分配に与らしめる為めまたはその企業者的地位に基き給付せられるものであるに反し、役員報酬は役員が会社のために尽した勤労に対する反対給付としての性質を有するものと解せられており、それ故、会社の計算上も前者は利益金から支出されるに反し後者は経費から支出されるのである。従つて、前記訴外人等役員がその労力によつて取扱つた株式売買取引による委託手数料収入中の幾分かを会社の使用人に与へると同様に右役員に対する報酬として支給することは極めて自然な事柄であり、常識上も、物価高の現在原告が訴外人等役員各自に支給している二万円前後の月額報酬を以てしては同訴外人等が最低生活を維持するに足りない許りでなく、原告会社の使用人の給料額と比較して低きに過ぎることが明らかであつて、原告が前記訴外人等役員に対し支給した合計九十一万三千円は前記定額の月額報酬と併せ一体として役員報酬とみるべきものである、と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人等はまず本案前の答弁として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、原告会社の昭和二七年十月一日より昭和二十八年九月三十日迄の事業年度に係る法人税の確定申告が為された後、原告主張の通りの更正決定、審査請求並びに審査決定があつたが、訴外中京税務署長は昭和三十年二月二十八日法人税法第三十一条の規定により右事業年度分の所得金額を百五十八万千七百円、法人税額を六十四万七千百十円、過少申告加算税額を二万八千八百円と再更生し、同日原告宛その旨通知した。然るに、これに対して原告から異議の申立がなく、右再更正は確定した。されば当初の更正額を上廻る再更正が確定をみ、これにより当初の更正は消滅した以上、原告は当初の更正に付き為された被告の審査決定の取消を求める訴の利益を有せず、不適法たるを免れない、と述べ、なお、訴外税務署長が右の如く再更正したのは、当初の更正の理由の一部、即ち原告会社の固定資産減価償却額の否認額に計算違があつたので、これを訂正したことによるものであると述べ、

次に、本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告がその主張の通りの確定申告及び審査請求をなし、訴外中京税務署長及び被告が夫々原告主張の通りの更正及び審査決定を行つたことは認めるが、被告のなした審査決定は次の理由によつて適法である。すなわち、

原告は前記事業年度において、その役員に対する報酬として昭和二十七年十月一日から同年十二月末日までの間原告会社取締役訴外藤井真次郎に対し月額一万五千円宛を、同訴外藤井健二に対し月額一万三千円宛を、同訴外坂部定弘に対し月額一万四千円宛を、次で昭和二十八年一月一日から同年九月末日までの間右真次郎に対し月額二万五千円宛を、右健二に対し二万円宛を、右坂部に対し月額二万三千円宛を各支給した外、右定額報酬に併せて歩合給等の名称で右訴外人等役員に対し次の通り支給した。

(一)  訴外藤井真次郎に支給した分、昭和二十七年十月及び十一月分各一万円、十二月分二万円、同二十八年一月分五千円、二月分二万円、三月及び四月分各一万八千円、五月分三万円、六月分六万円、七月分三万円、八月分四万円、九月分六万円、

(二)  訴外藤井健二に支給した分、昭和二十七年十月及び十一月分各二万円、十二月及び同二十八年一月分各三万円、二月分五万円、三月乃至五月分各四万円、六月分三万五千円、七月分二万円、八月三万五千円、九月分二万円、

(三)  訴外坂部定弘に支給した分、昭和二十七年十月分一万五千円、十一月分二万円、十二月分四万円、同二十八年一月分二万二千円、二月分三万五千円、三月分一万二千円、四月分一万四千円、五月分一万円、六月及び七月分各一万二千円、八月及び九月分各一万円

しかしながら、右(一)乃至(三)合計九十一万三千円は利益処分の性質を有する役員賞与であつて、原告会社の所得計算上損金とすべきではない。そもそも、取締役と会社との関係は委任または準委任であるが、会社は取締役の職務執行の対価として報酬を支給し且つ経営者として会社に利益を齎したことの功労に対し賞与として営業年度の利益の一部を与えるのが通常である。それで、商法第二百六十九条は取締役が受くべき報酬は定款にその額を定めざりしときは株主総会の決議を以てこれを定むべき旨規定し、これによつて企業の所有者たる株主とその経営者たる取締役との間の利害を調節し、取締役が所謂お手盛りで多額の報酬を受給することを防止している。尤も、右法条の趣旨よりすれば、取締役の報酬は必ずしも予めその支給額を確定することを要せず、定款または株主総会の決議を以て役員全員に対する報酬総額を年額何万円或は何万円以内と定めその限度内で取締役各自に対する支給額を決定することを取締役会に一任しても差支えないし、また定款または株主総会の決議で取締役に対し相当額の報酬を給すべき旨を定めて置き、営業年度の途中または終りに改めて具体的にその額を決定してもよいと考えられる。然し乍ら、法人税は法人の所得に対して課せられるものであり、所得は事業年度中の収入から経費を控除して算出せられるが、茲に経費とは支出のうち当該事業の遂行に通常、必要なものを云うのであるから、委任事務処理の対価としての取締役の報酬たると労働の対価としての使用人の給料たるとを問わず、法人所得の計算上損金とせられるためには、その支出が原則として恒常性を有する確定的債権関係に基くものでなくてはならないのである。それ故、何等支給額も支給基準も定めることなく任意に支給せられるとか、支給基準の定めがなされていてもその基準によることなく会社の恣意によつて支給せられるものは、仮令それが定款または株主総会の決議を以て定められた役員に対する報酬総額の限度額内で支給せられても、会社の事業遂行に必要な経費としての報酬とはみられないのである。いまもし、税法上の所謂実質主義を棄てゝ単に形式的に商法上の前記規定に従つて役員に対する報酬の限度額が定められ、且つその範囲内で支給せられたものである限り、如何なる支給形態が採られた給付であつてもこれを損金たる取締役の報酬として取り扱うべきものとすれば、会社は取締役の報酬を不相当な高額に定めて置くことによつて本来、決算期に株主総会の決議を経て利益処分たる賞与として与えるべきものを報酬として支給し、以て合法的に法人税を免脱することが出来る。されば、法人課税上は斯様な結果となることを是認し得ないので、その取扱上、賞与と称するものの外手当その他名称の如何を問わず予め支給額の定めのない退職給与以外の給与をいう(法人税法取扱通達二六一)ものとし、予め支給額の定めのない給与は利益処分たる賞与とみることとしているのであつて、これは従来からの一般の会計実務とも一致するものである。そこで、本件をみるに、原告においては役員に対する年間報酬総額を二百万円とし、役員に対する最低報酬額は従来の侭据置き、これに役員各自の取扱に係る月間株式売買手数料の略々二割に相当する金額を加算する旨の株主総会の決議が為されたようになつてはいるが、原告会社が実際に前記訴外人等役員に対し歩合給等の名称で月々支給したものは、右役員各自が取扱つたと称する月間株式売買手数料額とは次の通り比例していないのであつて、その金額も支給率も全く恣意的なものであると云う外ないのである。すなわち

(一)  訴外藤井真次郎取扱の取引による手数料額(括弧書きは前記支給金の右手数料額に対する割合)、昭和二十七年十月分二千八百四十円(二十六割)、十一月分八千三百六十八円(一一・九割)十二月分一万八百二十円(一八・四割)、昭和二十八年一月分一万六千二百円(三割)、二月分九万四十四円(二・二割)三月分八万九千九百円(二割)、四月分八万九千八百二十五円(二割)、五月分十三万六千百二十五円(二・二割)、六月分二十八万五千四百二十五円(二・一割)、七月分十七万三千五百七十五円(一・七割)、八月分二十一万六千五百十円(一・八割)、九月分三十五万六千五百八十五円(一・六割)

(二)  訴外藤井健二取扱の取引による手数料額(同前)、昭和二十七年十月分十万七千九百九十五円(一・八割)、十一月分十一万八千八百六十五円(一・六割)、十二月分二十万六千三百六十七円(一・四割)、昭和二十八年一月分十五万三千十四円(一・九割)、二月分二十七万三千七百円(一・八割)、三月分二十万三千二十五円(一・九割)、四月分二十万六千八百十円(一・九割)、五月分二十万六千二百円(一・九割)、六月分十六万五千二百五十円(二・一割)、七月分十一万千八百七十五円(一・七割)八月分十七万千六百円(二割)、九月分九万三千五十四円(二・一割)

(三)  訴外坂部定弘取扱の取引による手数料額(同前)、昭和二十七年十月分六万百三十二円(二・四割)、十一月分十万八千四百八十円(一・八割)、十二月分十八万八千五百三十三円(二・一割)、昭和二十八年一月分十一万千六百六十円(一・九割)、二月分十五万二千八百四十五円(二・二割)、三月分六万千九百七十五円(一・九割)、四月分七万七百七十五円(一・九割)、五月分四万四千八百五十円(二・二割)、六月分五万千六百七十七円(二・三割)、七月分六万百六十五円(一・九割)、八月分四万八千三百円(二割)、九月分四万七千四百円(二・一割)

かように、外見上は歩合給と称して恰も勤労に対する対価として支給したかの如く装われていても、実際はプール計算により訴外人等役員各自に対する支給額を決せられているから同訴外人等各自の勤労の度合とは関係のない給付であるのみならず、会社の業績をにらみ合せ、利益金額如何により前記月額報酬と右支給金を含めたものでその支給額を平準化し、且つ操作しているものであり、況や、請負手数料的な即ち定款または株主総会の決議を以て定められた取締役の報酬とも関係なく、役員または使用人等の地位にも拘わりなく、専ら仕事の出来高に応じて支払われる所謂歩合給とも全く異なるものである。

そうであるから、原告が訴外人等役員に対して支給した前記九十一万三千円は、これを損金たる役員報酬と云うこともその他如何なる意味でも勤労の対価と云うことが出来ないのみならず、却つて右支給金は原告会社において株式売買取引高の増大を見越し、もともと利益処分による賞与として支給すべきものを営業年度の途中で前払したものであると云わなければならない。従つて被告が右支給金を法人税の課税対象としたことに何等の違法は存しないから、本件審査決定の取消を求める本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

原告会社が訴外中京税務署長に対し昭和二十七年十月一日から同二十八年九月三十日迄の事業年度分の法人所得金額を十四万二千二十九円、その法人税額を四万六百十円と確定申告したところ右訴外税務署長から原告会社に対し昭和三十年一月十四日付通知書を以て同年度分の法人所得金額を百五十一万二千五百円、法人税額を六十一万八千五十円と更正し、過少申告加算税額として二万八千八百円を賦課したこと、原告会社は右更正通知に異議があるとして被告に対し審査の請求を為したところ被告から昭和三十年七月二十七日付通知書を以て原告会社の右請求の一部に理由があることを認めて原処分の一部を取消し、原告会社の同事業年度の法人所得金額を百二十三万三千二百円、法人税額を五十万七百四十円、過少申告加算税額を二万三千円と審査決定したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は本案前の抗弁として、訴外中京税務署長は被告の本件審査の進行中である昭和三十年二月二十八日原告会社に対し同一事業年度の法人税に関して更正額を上廻る再更正を為したが、これに対し原告会社から何等異議の申立なく右更生は確定し、これにより原更正は消滅したから原告会社は該更正に付き為された本件審査決定の取消を求める訴の利益を有しない旨抗争するので、先づ、この点について按ずるに、仮りに被告主張の如く被告の本件審査手続が進行中に訴外税務署長が当初の更正額を上廻る再更正を為したにしても、被告はその後該審査手続をその侭進行せしめて審査の請求に対して実質的審理を遂げ本件審査決定を為したことは前記の如く当事者間に争がないところであり、かように納税義務者より法人税法の規定に従い税務署長が為した当初の更正に付き適法に審査の請求が為され、国税局長においてこれが審査を進行するうち右税務署長によつて納税義務者の同一事業年度の法人税に関して再更正が為され、その後国税局長が右審査手続を終了せしめることなく、その侭これを進行して審査の請求に付き実質的審理を了え審査決定を為した場合には、特に反対の事情のない限り、国税局長において審査の請求を再更正に対する異議として取扱い、これに付き審査の決定を下したものと解するのが相当である。蓋し、政府は課税標準または法人税額の更正後その更正した課税標準または法人税額について不足額があることを知つたときはその調査により課税標準または法人税額を再び更正することができる(法人税法第三十一条第一項)ものであるが後に為される再更正は更正後の再調査により当初の更正に誤りがあることが判明した結果、これに基き更正したところを覆すと同時にこれに代えて正しいものと判断せられた課税標準または法人税額に認定し直すものであるので、再更正によつて当初の更正は当然消滅に帰するものと認むべきものとしても、既に当初の更正に付き適法に審査の請求をしている納税義務者に改めて右更正に代えて為された再更正に対する審査の請求を強いることなく、右更正額以上に増額せられた再更正に対しても当然これを不服として争うであろう請求者の意思を推測して当初の更正に対する審査の請求を再更正に対する審査の請求と同様に取扱つて審査を進行しても格別不都合な結果を招来するわけではなく、また納税義務者に不利益を齎すことにもならない。そして、国税局長において右再更正後これにより当初の更正が当然消滅し審査はその対象を失つたものとして直ちにこれを終了せしめることなく、該手続を進行し実質的審理を遂げて審査決定を為した以上、他に特に反対の事情のない限り、前示の通りの取扱をしたものとみなして何等差支えのないところであり、これにより、右審査決定は後の再更正を対象として下されたものとしての性質を具えるに至つたものとみられるからである。そうすると、本件審査決定はその対象を欠く不適法のものでなく、またこれと別個に原告会社の当該事業年度分の課税標準または法人税額が被告主張の如き訴外税務署長の再更正処分により争い得ないものとして確定することもないから、原告会社は右審査決定の取消を求める訴を提起する利益があるものと云うべきである。

よつて、進んで本案について審究する。

原告会社は昭和二十七年十月一日から昭和二十八年九月三十日迄の前記事業年度中にその役員に対する定額の報酬として昭和二十七年十月一日から同年十二月末日迄の間取締役訴外藤井真次郎に対し月額一万五千円宛、同藤井健二に対し月額一万三千円宛、同坂部定弘に対し月額一万四千円宛を夫々支給し、次で右訴外人等の右各報酬を増額改定の上、昭和二十八年一月一日より同年九月末日迄の間右藤井真次郎に対し月額二万五千円宛、右藤井健二に対し月額二万円宛、右坂部に対し月額二万三千円を夫々支給したこと及び同事業年度中に右訴外人等に対し右のような定額の月額報酬に加えて合計九十一万三千円を支給したことは当事者間に争がなく、右九十一万三千円の右訴外人等取締役別及び月別支給内訳が(一)、右藤井真次郎に対する昭和二十七年十月及び十一月分各一万円宛、同十二月分二万円、昭和二十八年一月分五千円、同二月分二万円、同三月及び四月分各一万八千円宛、同五月分三万円、同六月分六万円、同七月分三万円、同八月分四万円、同九月分六万円、(二)、右藤井健二に対する昭和二十七年十月及び十一月分各二万円宛、同十二月及び昭和二十八年一月分各三万円宛、同二月分五万円、同三月分乃至五月分各四万円宛、同六月分三万五千円、同七月分二万円、同八月分三万五千円、同九月分二万円、(三)右坂部に対する昭和二十七年十月分一万五千円、同十一月分二万円、同十二月分四万円、昭和二十八年一月分二万二千円、同二月分三万五千円、同三月分一万二千円、同四月分一万四千円、同五月分一万円、同六月及び七月分各一万二千円宛、同八月及び九月分各一万円宛であることは原告において明らかに争はないところであるからこれを自白したものと看做す。

被告は、原告会社がいずれもその取締役である訴外藤井真次郎、同藤井健二及び同坂部定弘に各支給した合計九十一万三千円は、同会社が予めその営業である株式売買の取引高が増大することを見越した上、通常、営業年度終了後利益処分による賞与として支給すべきものを該年度の途中において前払したに過ぎず、右前払によつても利益処分たる役員賞与の性質を失うことはないから原告会社の所得の計算上損金に算入することを否認すべきものである旨主張し、原告は、右支給金は原告会社の株主総会の決議に基き右訴外人等役員各自が月々取扱つた株式売買取引の受託手数料収入の二割程度に相当する金額を歩合報酬として月額の定額報酬に加算して支給したものであつて、右定額報酬と併せて一体として訴外人等が夫々会社に致した勤労の対価たる性質をもつものであるから損金とみるべきであると争うので、以下右支給金の損金否認の適否を検討する。

思うに、会社が取締役に対して支払う報酬が会社の経費から支出せられ、法人課税上も亦、損金とせられるのは、報酬が取締役の職務執行の対価として法律上会社にその支払が義務づけられているものであるからであるが、商法上は、取締役の報酬の額が定款に定められていないときは株主総会の決議を以て定めることを要する(商法第二百六十九条)ものとせられ、定款または株主総会の決議(これらによつて役員に対する報酬総額のみを定め、役員各自に対する支給額をその範囲内で取締役会の決議に一任するが如き場合には、その取締役会の決議)を以て相当とするところに従つて自由に報酬額を決定することが出来、而してその額の定め方としては、一般に月額または年額等一定期間に対し確定金額を以てするのを原則とするが会社の売上高に対する一定割合の歩合報酬の如き、一定期間に対する確定金額に代えて一定の支給基準を以てすることも、それが取締役の職務執行の対価たる報酬の支給額決定の一基準としての意味を与え得るものである限り、異例ではあろうが必ずしも許されないとは云えない。然し乍ら、一般に租税制度は経済的生活現象の上に樹立せられており、法人税の課税要件も又斯かる事象に基礎を置いているから右事象の観察には法律上の形式に捉われることなく、その実質を考慮すべきものである(法人税法第三十一条の三参照)ことよりすれば、事象は実際に即して考察すべきであつて、若し選ばれた法律上の形式と実際の内容が異る場合には後者が前者に優先して判断せられるべきものであるから、仮令、形式上、定款または株主総会の決議により取締役に対する報酬を一定の支給額決定基準を以て定められている場合であつても、取締役に対する給付の実際上の内容が右の定めの示すところと相異するときは、かような定めに捉われることなく、給付の実際上の内容に即して判断すべく、その結果、給付が明確な支給額決定の基準による等のことなく、云わば会社の一存で決した額を任意に支払つたものと認められる限りにおいては、予め一定期間に対し確定金額を以て定められた報酬以外に支払われる場合と同様に取締役の職務執行の対価として会社にその支払を義務づけられているものと云い得ないから、法人課税上、取締役の報酬としてこれが損金算入を是認するを得ないものと云わなければならない。

そこで、これを本件についてみるに、いずれも成立に争がない甲第一及び第二号証及び証人中家光雄の証言並びに原告会社代表者藤井健二本人の供述及び右供述により成立を認める甲第十号証に弁論の全趣旨を考え合せると、原告会社は証券業を営む資本金五百万円の株式会社であり、且つ法人税法第七条の二の規定に所謂同族会社であつて、訴外藤井真次郎、同健二はいずれも原告会社の設立当初より、訴外坂部定弘は昭和二十四年四月十八日より引続き原告会社の取締役の地位を保有すると同時に右真次郎は会社設立の当初より、右坂部は昭和二十六年十一月十二日より、右健二は昭和二十八年四月十四日より引続き代表取締役として各自会社を代表する権限を有し、本件係争年度当時いずれも常勤で、内勤及び外務の従業員十数名を使用して、主として右真次郎は所属証券取引所との間の関係業務の統轄の、同健二は右真次郎の補佐に当ると共に営業面全般等の、右坂部は庶務及び会計経理面の業務を各分担し、夫々原告会社の経営の実権を掌握する地位にあつたが、会社設立以来未だ日浅く社業の基礎が固まらず、その上業務不況等の影響によりその業績が果々しくなかつた等の事情から右訴外人等取締役に対する報酬額は、本件係争年度開始後三ケ月を経る頃迄は同訴外人等が取締役に各就任の当初の支給額、即ち右真次郎に対して月額一万五千円、右健二に対しては月額一万三千円、右坂部に対して月額一万四千円を据置の侭としてこれを毎事業年度踏襲するの堅実策が採られ、なお訴外人等以外の非常勤役員三名に対しては報酬を支給しないこととせられていたところ、昭和二十七年頃に至つて一般に証券業界は漸く不況期を脱して活況期に入り始め、これに伴い本件係争年度開始頃には原告会社の営業取引状態も繁忙となり、訴外人等取締役は前記担当業務処理の衝に当るのみならず、会社の使用人と同様に直接顧客の注文による株式売買取引を取扱う等の仕事に忙殺されることが頻繁となり会社の業績の高揚が予測し得られるようになつたので業績の消長が甚だしい事業の性質上予て斯様な活況期の到来に備えこれよりさき昭和二十六年十一月十二日開催の株主総会の決議を経ることにより訴外人等取締役の当時の報酬額以上に可成り多額の幅を持たせて増額改定してあつた役員の年間報酬総額二百万円の範囲内で、右訴外人等取締役に対する定額の月額報酬を当事者間に争がない前記の通りに増額改定せられ、同訴外人等は原告会社より右月額の定額報酬の支給を受けた外、なお何等明確な支給額決定の基準によることなく訴外人等取締役の一存で同人等が前記の如く会社の使用人同様に直接顧客の注文による株式売買取引を取扱う等の仕事に従事したこと等を適宜斟酌して決したところに従い月々前記支給金の支払を受けた事実を認めることが出来る。

尤も、前示甲第十号証及び原告会社代表者藤井健二本人の供述によれば、昭和二十六年十一月十二日開催の前記株主総会においては、前記の如き役員の年間報酬総額を増額改定する旨の決議を為した外、右決議に併せて、原告会社の役員が顧客の注文の株式売買取引を直接取扱つた場合には、会社は当該役員に対してその取扱に係る取引による月間委託手数料収入の二割程度相当額を定額の月額報酬に加算して支給すべき旨附議せられ、右総会においてこれに異議がなかつたことが看取し得られるが、斯様な支給基準に原告会社の代表取締役であつてその経営を担当する地位にある訴外人等取締役の職務執行の対価としての報酬の支給額決定の一基準たる意味を与え得るかは兎も角、右の定めに従つて前記支給金の支払が為されたことを肯認するに足る資料なく、また右の証拠によれば、該支給金の総額と本件係争年度中訴外人等取締役三名が取扱つた株式売買取引全部の年間委託手数料収入合計額との対比上、前者を後者の略々二割に相当することを窺知し得ないではないが、さきに看取し得た支給基準の定めが、右の如くいずれの役員が取扱つた株式売買取引であるか否かに拘りなく事業年度中に役員の取扱つた全部の取引により挙げ得た年間委託手数料収入総額の二割程度に相当する金額の範囲内で任意に役員各自に対する分配額を決定することを許す趣旨でないことは勿論この年間委託手数料収入総額も、当該事業年度中の営業取引状態の推移を見透すことによつて概算しない限り、右年度の終了をみる迄は確実に知り得ないものであるから、これを月毎の支給額決定の為の基準に用い得ないことは云う迄もなく、そして右の如く予め株主総会の決議を経て定められた支給額決定の基準に則ることなくして為された支給金の総額が偶々取締役の取扱に係る取引による年間手数料収入総額の略略二割に相当額と一致する点を捉えて課税上右支給金は前記支給額決定の基準の定めに従つて為されたと同視すべきものとするのはその実質上の内容を看過した議論であつて到底左袒し得ないところである。従つて以上いずれの点もさきの判断の妨げとなることなく、他に前認定を覆すに足る証拠は存しない。

そして前認定の事実によれば、前記支給金は原告会社が訴外人等取締役に対し予め支給額の定めのある報酬以外に何等の明確な支給額決定の基準に則ることなく会社の一存で決したところにより任意に支払われたものであることが明白であり、それ故取締役の報酬として会社にその支払を義務づけられたものと解し難いのみならず、前認定の如く本件係争年度において原告会社の義務が繁忙化し業績の高揚が見込まれたところから、予て斯様な場合に備え可成り多額の幅を持たせて定めてあつた役員に対する年間報酬総額の範囲を籍り通常、事業年度終了後会社が挙げ得た利益中より役員の職務の繁閑、勤惰の状況等を適宜斟酌し所謂賞与金として支出すべきところを、原告会社経営の実権を掌握する地位にある訴外人等取締役の一存により会社の経費より支出したことよりすれば、これにより同族会社において往々行われ勝な所謂隠れたる利益処分として会社の税負担を左右しようとしたものなることを推認するに難くないから、法人課税上、右支給金を損金に算入することを是認すべき限りでなく、被告がこれを本件係争年度の原告会社の益金中に計上してその課税所得を算出したことは結局正当であり、従つて被告の本件審査決定には何等違法は存しない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 岡村利男)

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